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カレンダーに使う写真
風は数年前より、カレンダーを自作しております。

4月始まりですが、風(または風嫁)が撮った山写真を、その季節に合わせて採用してます。

今年度から卓上タイプにし、さらに好評を得てます(笑)


実は次の4月からのカレンダーのネタとなる写真、この冬分が全然撮れてません。

12月は木曽駒ケ岳でいいのが撮れたんですが、1月、2月と無いんです。

1月は以前の何かを引っ張り出すことにしますが、2月もそうなるとちょっとさびしい。

やっぱり、前年度に撮ったものをできるだけたくさん使いたいですからね。


で、20日の日曜日、中部地方は予報で晴れマークがバンバン並んでいましたので、金曜あたりに、


風「日曜、山に行こう。土曜が仕事だから、日曜の日帰りだけど、木曽駒なら行けるし」

風嫁「また木曽駒?」

風「12月の時とは雪の量が違う。また違った超厳冬期の雪山やから。」

風嫁「天気もいいしなぁ・・・・ うん。じゃあ、行こう」


と、決定。


日曜日のAM3:30 起床。

前夜にほぼ準備は終えてましたので、あとはサーモスに熱いお茶を入れて、軽く朝ごはん食べて、出発。4:30


もう雪は大丈夫だろうと、空いてる高速道路を愛車Zでガンガン飛ばして、7:40菅の台バスターミナルに到着。

ここからバスで約50分、さらにロープウェイで標高約2600mの千畳敷まであがります。

ここまで一気に上がれるので、日帰りが可能となるんですね。


バスの始発は8:00 あと20分です。

身支度を整えます。


それにしてもイイ天気^^ 中央アルプスが濃紺の空の下に白く光り輝いています。 ワクワク。。


靴下をはいて、冬用登山ブーツをはいて、

冬用のノースフェイスのパンツをはいて、フェニックスの赤いアウターを着て、

ザックの中の物も確認。アイゼンとワカンOK、上で着るインナーダウンもOK、オーバーグローブにフリース帽、サーモスと小銭と・・・・・・


あれ・・・・




カメラがない・・・・・・・・・・・(・_・;) 



記憶を探ります。。

家を出るとき、一眼レフを、カメラケースはでかくて邪魔だから、ウエストポーチに入れた。そして替えのレンズはザックに入れた(それはちゃんと入ってる)。

その、ウエストポーチを・・・ 忘れた(泣)


ちょうどトイレから帰ってきた風嫁に、

風「一世一代のミスや・・・・」

風嫁「何?」

風「カメラ忘れた・・・・・」

風嫁「あははははは」

風「なんで笑うねん^^;」

風嫁「まあ、しゃーないやん。携帯でもなんぼか撮れるし。」

風「せやな・・・」


ああ、これでいくらいい景色があっても、カレンダーに使えるような写真は無理です。さすがに二人の古い携帯では・・・


気持ちを切り替えて、

こんないい天気の雪のアルプスに登頂できることが何より幸せなんだ!と、準備を急ぎます。


自分の準備がだいたい終わって、自分もトイレに行こうとすると、



風嫁「あれ????」


風「どうしたん?」


風嫁「ザックがない・・・・


風「はい???」


風嫁「わたしのザックって・・・・・・積んでくれた?」


風「いいえ、積んでませんが?」


風嫁「え~~  じゃあ、忘れたわ」


風「・・・・・・・・・」



なに、この展開 (;一_一)



風「ザックに何入れてた?」

風嫁「インナーダウン」

風「俺の貸してあげる。予備で薄いフリース持ってきてるから、俺はなんとかなるから」

風嫁「あと、食料」

風「ロープウェイ駅で買えばいい(ちょっと高いけど)」

風嫁「サーモス」

風「俺のサーモス1Lやから、なんとかいけるでしょう」

風嫁「あと・・・・・」

風「あと?何?」


この時点では、嫁のザックが無くてもなんとか登れるかな?と思ってました。日帰りだし。


風嫁「アイゼンとワカンも入ってた


アイゼン・・・・ ワカン・・・・・  


ピッケルは積んである。ストックもある。 でも、この時期の3000m級のアルプスにアイゼンとワカン無しか・・・・・・




ん~~~~~~



ん”~~~~~~~~~~~





風「かえろか」


風嫁「せやな」




ま、カメラも無いんで、ちょっとばっかりテンションは下がってたし。。




ということで、3時間以上かけて来た道のりを、

とんぼ返りで帰りました。。。


ああ、

まだ駒ヶ根で良かった。。。 これが白馬とかなら、泣いてたし(苦笑)



一応、「せっかく来たんやから、すぐそばにスキー場もあるし、レンタルでもして滑ってから帰る?格好はこのままいけるし」

と風嫁も言いましたが、そばにある駒ケ岳スキー場を見に行ってみますと、なだらかなこぶも無いバーンが2本。

子供だらけ。。。



再び、



風「かえろか」


風嫁「せやな」



ということになり、


帰りました。。。。




13時に我が家に到着。


とっても疲れました。。。



~補足~


帰宅後、ちょっと昼寝でもしようかと思ったところ、


風嫁「なあ、レガシーってどこの車?」←唐突に切り出します

風「スバル」

風嫁「近所にディーラーある?」

風「ある。香芝店。ブックオフの向かい」

風嫁「おお、近いやん! 行こう!」

風「・・・・ 何をしに??」

風嫁「レガシー試乗しに」

風「・・・・・な、なんで??」

風嫁「欲しいからに決まってるやん

風「ふ、ふ~~~ん・・・・・・」


んで、スバルに行くことに。。。。


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知らなかった。百名山に・・・
鹿児島の桜島が入ってなかったなんて。


鹿児島に行ったことのある人ならわかると思いますが、

鹿児島市の街と桜島の関係は、他のどんな街と山よりも深く大きいとわかります。


北アルプスの黒岳を入れるなら、

福井県の荒島岳を入れるなら、

南関東の奥秩父のせまい中に 両神山 甲武信岳 金峰山 瑞牆山 雲取山 大菩薩嶺  なんてたいしたことない山を6つも集中させるのなら、

南アルプスの主要峰を順番に入れていくのなら、

(上信越もよくわからない選定があるし。。)

ど~~~~考えても 活火山で薩摩の主峰で単独峰で、あれだけの都市と密接にかかわる存在の山が、

入らないなんて考えられない。


以前から百名山ってその選び方が意味不明過ぎて嫌いだったけど、今更桜島が入ってないことを知って、もっと嫌いになりました。

あんな選定された百の山を一生懸命登って喜んでる人、

イタイよなぁ・・・・・と思ってしまう今日この頃です。


まあ、人それぞれの勝手だけど^^;



P7280158_20110216165239.jpg
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きっと、風が百名山を作ったとしたら、


もっと、その「存在感」の大きさを根拠にするけどなぁ~
がっつり気温が下がって大雪
ということは、

スキー場はパウダー天国です。


今晩より出発して、白馬五竜に行ってきます^^



一応山登り装備も持っていくけど、今回はあまりに天候が荒れてて無理かな・・・・

もし登れるとしたら三連休最終の日曜日。

もし朝からなんとか晴れればですが、小遠見山まで登って厳冬の鹿島槍、五竜の偉大な岩壁を撮ってきたいと思います。

運が良ければ・・・ね^^;


P3201513.jpg

これは去年3月に行った時の写真。この日は黄砂が強烈で、いまいちでしたから・・・・


今年は雪も多いし寒いので、写真的にはいいはずなんだがなぁ~~
まっきーんとこでバド

最近、月一くらいのペースでまっきーのクラブにお邪魔しています。
木曜の夜練習を始められて、参加しやすくなりました。

もう何年も前からこのクラブの人たちを見てますが、本当にみんな上手になりました。
特に目を見張る上達があるのは、えっと、名前がわからん(笑) まーなんとかっていうママです。
久々にバドの話しますが、
その彼女、正直、運動能力はそんなに高くありません。体のスピードもそんなに速くないしパワーもない。サイズも小さい。
初級者だけでコートに入ってると適当に楽しくされててそんなに気付かないのですが、有る程度のレベルのメンバーでコートに入ると彼女の上達ぶりがうかがえます。
まず、レシーブ。
面を作るのがすごくうまくなりました。きっちり返すという超当たり前なことを、当たり前に出来るようになっています。初級者が初級者から脱するにあたり、避けては通れない道で、実はこれが出来ない人がとても多い。
彼女は、特にバックハンドでの面がとても安定するようになりました。たぶん、一生懸命練習したんだろうなぁ・・ってのが見て取れます。別に自分が教えたわけではないのに、そういうのを見るとなんか嬉しくなるもんですね^^

彼女がバックハンドの面を使えるようになってきてるのは、二つのプレーに如実に表れていました。

ひとつが、ロングサーブ。

バックハンドで打つサーブですが、風、完全に頭上を抜かれました。
その時は、「やられた~~(笑)」なんて言いながら楽しそうにゲームしてましたが、実は、あれは本当にびっくりしてました。
何がびっくりかって、ロングサーブの球足が速い
当然、「ロングが来るかも」って思いながら構えてますが、想像以上に速かったので、「これはアウトでしょ」と思い見逃したんです。っていうか、見逃さなくてもぎりぎりクリアできたかどうかっていうタイミング。
それが、なんと10cm以上残してIN。
次に彼女がロングサーブを打った時、やっぱり速くてスマッシュまで持ち込めませんでした。なんとかクリアだけ。きっとあれも見逃しても入ってたんだろうな・・・

なんで、彼女がああいうのを打てるのか。
同じような球筋をもっとコースを打ち分けてイヤらしく打ってた人がいます。
鹿児島の健康パパです。
あの人のロングサーブも球足が速い。なのにきっちり入る。打つ瞬間のインパクトできっちりシャトルを潰すとシャトルの特性で初速が速くてまっすぐ落ちる球になる。と、教えてもらって練習しました。
たぶん彼女はそこまで考えて打ってるわけではないだろうけど、バックハンドでの握りこみが自然と出来るようになってるので、そういうサーブが打ててるんだと思います。
非力だからこそ、どうすればバックで強くうてるのか、
それを考えて練習してきた成果だろうと、感じます。ただ振るだけじゃ、だめだと、考えた成果。

もうひとつ。
前衛でバックハンドでプッシュを打てるようになってます。
これも握りこみだけでパチンっと沈める、相手が取りにくい、いいプッシュです。

ちょうどまっきーがバックハンドネタを書いてたので、関連記事になるかなっと思って書きましたが、
確実に彼女は「使えるプレーヤー」になりつつあります。一層伸ばしてあげることを期待しています。


話題をもうひとつ。


このクラブには若い男子が何人か来てます。その子達と対戦するのもひとつの楽しみなんだけど、やっぱり男ダブ対戦で入ってしまうと、なぜか一気にラリー数が激減する。
とにかくラリーが続かない。粘りがないので物足りない部分もあるんだけど、何より、37歳のおっさんにガチで勝ちに来ようとしないのが一番物足りない(苦笑)
風が彼らの歳だったら、「こんなおっさんに負けてたまるか!!」って思いながらめちゃ集中しただろうな・・・と思うとやっぱ今時の若者なのかな?って感じます。

が、たまたままっき―ママと組むことになって、若い男子二人が相手。若者Aはママに「ぼこってあげます」とニヤリ
それを聞いて、「お、ちょっと楽しめるかな」と思い、男ダブに変えようか?と調整しようとするまっきーを制してそのままゲームさせてもらいました。

A君はトリッキーなショットばかりしようとして自滅するタイプ。
正直対戦してて最も面白くないタイプです。
あれでもう少しスマッシュが速ければ面白いんだけど、速いショットが無いので、たいていのことは対応できます。
ママも彼の攻撃ショットはほとんど無難に捌いてましたので、彼は3つ目くらいに手詰まりで自滅。
まずは、基本のフットワークの形と、スピードのあるショットを練習しましょう。と、だれかアドバイスしてあげてください。。あと、構えがいつもフォア待ち。バックに打てば9割決まるのであれも修正しないとね。

B君。スマッシュ、当たれば速いです。
彼はなんかイイ感じの子で、ミックス相手に女性に狙い撃ちしません。A君はバンバンしてたけど(笑)
一生懸命風に打ってきてくれます。
が、残念だけど、B君のスマッシュなら、全然捌ける範囲。
ただし、それは1発目ね。
あそこで、2発目、3発目とあのスピードで崩して来られると、捌ききるのは厳しいかも。
連続攻撃が出来ないB君は、やはりスマッシュを受けられるとあとはミスまで時間の問題。あと二人ともバックハンドが苦手なのでバック側に突いていくとあんまり返ってこない。

そんなこんなで完勝。 
ママは前衛へのポジショニングが速いので、とても組みやすい。これは以前から思ってたけど。相手でなく、パートナーのショットと位置を考えながら動く、クレバーな人です。
「アダルトに」という風のささやいた作戦の意味もしっかり理解してくれたようです(笑)
女性陣では完全に頭一つ上のレベルでバドが出来る人ですね。スピードが多少あがっても、立ち向かえる性格の問題もあるんだろうけど・・(笑)

それとあと印象に残ったのは、背の高い高校生の女の子かな。
まだまだ荒削りだけど、センスはあるし、伸び代十分。性格も素直で顔も可愛い(笑)
何より、サーブが丁寧だからスキ^^;




そんなこんなでたっぷりゲームして終了。

あとはまっきーの完全復活を待つのみ( ̄ー ̄)
八百長問題に思う。。
30年前、風、幼少期。
北の湖が憎らしいほど強かった頃、我が家は職人の家庭なので夕食は一般家庭より夕食時間が早く、5時過ぎからでした。
場所中は例外なくテレビが相撲中継。当時は木枠のテレビだったな。
だから風も幼少期より相撲中継はほとんど見ており、小学校高学年にもなると、小さく筋肉隆々で大きな力士を吊り出ししてしまう千代の富士に憧れました。
卒業文集には千代の富士の影響を受けて、「将来の夢は相撲取り」と書いた体の小さな風でした。

さて、
そんな相撲ファン一家が、家族で相撲中継を見ている中で、

あかん、こりゃ八百長や(笑)」

という言葉なんてしょっちゅうありました。

カド番を迎えた大関の朝潮(朝青龍の師匠)が、千秋楽で勝ち越しを決めてるが優勝争いには絡んでない別の大関との取組前、
風「これ負けたら朝潮って大関から落ちるんちゃうの?」
祖父「いや、これは朝潮が勝つねん。こういう場合はやる前から決まってるねん
と言ったのを良く覚えています。
結果、朝潮が低く当たってそのまま押し出して簡単に勝ちました。

でも、

それもありきで、楽しんで見ていたように思います。


若貴時代到来と言われた、貴乃花(当時前頭)が初優勝した場所。
そろそろピークを過ぎた横綱千代の富士にも勝ち、単独の13勝1敗で迎えた千秋楽。
風は高校3年生の1月で、受験の為にピアノの練習をしてた時、「お~い、めしやぞ~」と呼ばれて食卓へ行くとちょうどその優勝を決める貴乃花と三杉里の場所でした。

あれ?三杉里って同門ちゃうのん?

って思わず言ったのを覚えています。

「貴乃花を優勝させるように、そうなってんねん。この場所は。」

なるほど。。  と言いながら取り組みを見てますと、

案の定、三杉里は簡単に(ただし、顔はめっちゃ力んでた。でも全然前に攻めてない)負けてしまいまして、貴乃花の時代が訪れました。


それも、ありきだったんです


どうするんすかね。

根掘り葉掘り暴いてしまって、正論だけが暴走してる状態に思えます。

果たして、文科省にも、協会にも、審査委員にも、

相撲に八百長は絶対になかった!

100%本気で思ってる人なんていたのでしょうか


そんな噂も相撲を楽しむ中のパーツとして受け入れてたんとちゃうの??


グレーゾーンがあって当たり前。だって相撲はエンターテイメント。
プロレスなんて力道山の時代からあり得ないような八百長だらけだったでしょ。でも、それに熱中した日本人があったわけで、八百長の影も、うまく話題性とかSHOWに変えて興業していたのは事実です。


こんなことしてたらますます日本人力士は減ってしまうでしょうね。


融通の利かない今の日本人。


この問題ばかりは、古き良き時代を思い馳せてしまいます。
ベスト5
一昨日だったかな、

ロンドンハーツという番組で、「イイ女NO.1」を決めようみたいな番組を観てまして、

最初に、自分のベスト5決めて、あーだこーだしながら決めていくって感じでした(後半観てないからよくわからない・・・^^;)

最終的には石原さとみに決まったようですが。

面白いものですね。みんな、選ぶ5人になんとなく共通項があって、その人の「タイプ」ってのがよく見えてきます。



んで、やっぱりそうくると自分が選ぶベスト5って考えてしまいます。


独りで焼酎のみながら考えてみました。


1位 中谷美紀

2位 坂井真紀

3位 吉瀬美智子

4位 柴咲コウ

5位 木村多恵


と。。。


中谷美紀は他の追随を決して許さない不動のポジション。

坂井真紀はけっこう意外と言われるけど、この人を尊敬してやまない風はこの位置に入れたい。

吉瀬美智子は最近めっぽうお気に入り。美しい。

柴咲コウは・・・ 他が全部30代後半から40代なので、20代から好きな女優を探し出した(笑)

木村多恵は風の奥様にしたい女NO.1


さあ、

好みはどう現れてるでしょうか。
 
仮装デビュー^^
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生まれ故郷でマラソン大会
先日、生まれ故郷の小さな町でマラソン大会がありました。

最近、出身中学校の陸上部OB会が発足しまして、20歳以上の年齢差を超えてみなさん交流しています。

30年前、この町の中学校にすごい指導者がこられまして、
あっというまに全国区の強豪校にしてしまいました。

風もたいした才能も無いのに全国大会まで出場させてくれました。


ただ、あの猛烈な練習は毎日恐怖との戦いでもありましたが(笑)



そのマラソン大会の行われた日の夜、OB会が開催されました。要は飲み会です。

めっちゃ可愛い後輩もいたのですが、


残念ながら、


同じく陸上部OBの風嫁が同席してました^^;



その場での、冒頭の監督挨拶。


「ええ。。。本日はみなさん運動不足の中、マラソン大会出場、お疲れ様・・・・中略・・・・・

 あの時代は、

 走りたくない子を、愛の鞭という名の体罰で叩きまわしては走らせ、

 塾に行くから途中で帰るという子を、「あと5本走ってから帰れ」と塾に間に合わないような指令を出し、

 高校でヤンキーになった奴がなぜか駅で私を見かけたらトイレに隠れ、

  以下略・・・・・        」


 と、まあ、そういう先生でした。


 現在は同校の校長先生です。


 みんなが慕って、この先生との宴席集まります。


 みんなが口をそろえて、

 「あの時の苦しい練習があったから、その後どんな辛いことでも我慢が出来た」

 「あの時にあれだけがんばったから、今の自分があると思う」

 と、言います。

 わずか1万6000人くらいの町から通う中学校が近畿大会を制し、全国大会に毎年10人以上出場送り込む強豪にするんですから、並大抵の練習ではありません。

 高校生と合同練習しても、僕たちは走り負けませんでした。練習量は半端じゃなかったです。

 
まあ、そんな監督が鶴の一声で「OBでマラソン大会に出場しろ」と。。


で、風に、「マスコットキャラクター着て走れ」と。。。



で、風はがんばってみました。






 
 
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