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八百長問題に思う。。
30年前、風、幼少期。
北の湖が憎らしいほど強かった頃、我が家は職人の家庭なので夕食は一般家庭より夕食時間が早く、5時過ぎからでした。
場所中は例外なくテレビが相撲中継。当時は木枠のテレビだったな。
だから風も幼少期より相撲中継はほとんど見ており、小学校高学年にもなると、小さく筋肉隆々で大きな力士を吊り出ししてしまう千代の富士に憧れました。
卒業文集には千代の富士の影響を受けて、「将来の夢は相撲取り」と書いた体の小さな風でした。

さて、
そんな相撲ファン一家が、家族で相撲中継を見ている中で、

あかん、こりゃ八百長や(笑)」

という言葉なんてしょっちゅうありました。

カド番を迎えた大関の朝潮(朝青龍の師匠)が、千秋楽で勝ち越しを決めてるが優勝争いには絡んでない別の大関との取組前、
風「これ負けたら朝潮って大関から落ちるんちゃうの?」
祖父「いや、これは朝潮が勝つねん。こういう場合はやる前から決まってるねん
と言ったのを良く覚えています。
結果、朝潮が低く当たってそのまま押し出して簡単に勝ちました。

でも、

それもありきで、楽しんで見ていたように思います。


若貴時代到来と言われた、貴乃花(当時前頭)が初優勝した場所。
そろそろピークを過ぎた横綱千代の富士にも勝ち、単独の13勝1敗で迎えた千秋楽。
風は高校3年生の1月で、受験の為にピアノの練習をしてた時、「お~い、めしやぞ~」と呼ばれて食卓へ行くとちょうどその優勝を決める貴乃花と三杉里の場所でした。

あれ?三杉里って同門ちゃうのん?

って思わず言ったのを覚えています。

「貴乃花を優勝させるように、そうなってんねん。この場所は。」

なるほど。。  と言いながら取り組みを見てますと、

案の定、三杉里は簡単に(ただし、顔はめっちゃ力んでた。でも全然前に攻めてない)負けてしまいまして、貴乃花の時代が訪れました。


それも、ありきだったんです


どうするんすかね。

根掘り葉掘り暴いてしまって、正論だけが暴走してる状態に思えます。

果たして、文科省にも、協会にも、審査委員にも、

相撲に八百長は絶対になかった!

100%本気で思ってる人なんていたのでしょうか


そんな噂も相撲を楽しむ中のパーツとして受け入れてたんとちゃうの??


グレーゾーンがあって当たり前。だって相撲はエンターテイメント。
プロレスなんて力道山の時代からあり得ないような八百長だらけだったでしょ。でも、それに熱中した日本人があったわけで、八百長の影も、うまく話題性とかSHOWに変えて興業していたのは事実です。


こんなことしてたらますます日本人力士は減ってしまうでしょうね。


融通の利かない今の日本人。


この問題ばかりは、古き良き時代を思い馳せてしまいます。
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